禅するeveryday 新潟別院 |
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お外は、ゴーゴーいっております。
雪はやんだみたいですけど、
先ほど、雪おろしの雷が、かなり近くにドド〜ンと派手な落ち方してました。
明日、山門の前にコートもなしに何時間か立たねばならぬというのに、
ありがたいことです。
天からもスペシャルな修行のプレゼント。
そんなに私の掛塔を喜んでもらえるとは。
きっと「龍になれよ」というのでしょう。
皆様、
今までご訪問ありがとうございました。
長いタームで本ログお休みさせていただきますが、
雲を見たら、
龍になってうねりながら飛び回っている私を探してくださいませ。
そして、その龍をがんばれよって応援してくださいませ。
きっと、ちっとは役に立つようなことを書けるようになって、
帰ってまいりますから。
それまで皆様も、どうぞお体大切に。
願わくはこの功徳をもって普く一切に及ぼし
我等と衆生と皆共に仏道を成ぜんことを。
慧真合掌
大栄寺のおトイレで見つけた。
女子の方、手描き。
なんというか・・・ゆるい。
思わずプッと噴出す。
だいたい、描いた人想像つく。
女子のマークは
後から付け足したんでしょうね。
この女子、後から付け足し
のお寺に修行に入るってわけですね。
いろんなことがあるんだろうな〜。
でも、大事なところ、
佛道が展開されているんだってところに、
いつも帰るようにしよう。
関捩子
関捩子
関捩子
とかって、すごく気になって、
なんだか、ドキドキして、
ドキドキして、
どうしてドキドキしたのかというと、
私がそれが何なのか知っているのを自覚したからだ。
知ってる。
私は知っている。
ホラ、ホラ、ホラホラホラ、
知っているじゃないか〜〜〜〜〜〜〜!!
軽くなるどころか、
体がのっとられて、中にいっぱい入り込んで、
ずっしりと重くなったようだった。
どどど、どうしょ〜〜〜と思ったが、
もう、
次にやるべきことが自然と分かった。
僧として
しっかり
生きていくこと
実は、今月中に大栄寺に正式に掛搭させていただくことになりました。
これから潜航して、しっかり仏道を行じていきたいと思います。
これによりこのブログもクローズの予定。
もう数日、
書きたいこと書いてみたいと思いますので、
よろしく。
そんなログを書きながらも、
実際にはどうしても、壁だった
この、
「死は終わりではない」
肉体が土に返り、
千の風になるのは、まあ理解できる。
間違いなく、現象として、一切は一つ、一つは全ての一部。
しかし問題なのは、
それを実際、この私が、
自分のこととして
腹から受け入れることが出来るかどうかってことで。
「そのとき初めて生死を離るる分あり」
しかし、
この肉体に付随するマイワールドを手放すなんて、
そんな
そんな
そんな!
無理。
無理な限り、生死をあからしめることなんて出来ないんだろな
と思っていました。
さて、自分の過去ログ(他ブログ)をさかのぼって読んでみましたところ、
随分とヒントが書いてありました。
万徳円満にすべてとつながる経験もしていたようでした。
それですべてがOKってわけでもないんですね。
まあ、おかげさまで得度は出来たんですけれども。
本当に、
誰にも平等に繰り広げられ、隠されているわけでもない真理を
私たちはせっせと探し続けているわけです。
真理にログインするには、キーワードを入力すれば終わりなのに、
なんだったかね、それは、え〜とえ〜と・・・。
キーワードを忘れた方はコチラ
なんて。
ちょ、その前にID分からなくなっちゃった。
私って、誰だっけ〜?
なんて。
「死は終わりではない」
私にとって、なんとなく、この言葉が意味を持ち始めてきた。
この言葉が、息をし始めた。
つまり、信じられるようになってきたということである。
ただ、まだすごく漠然としていて言葉にならない、
カチャっとロックの解かれたかすかな音を聞いただけ。
キーワードは、「智慧」
IDは 、「bouzu@」だったかもしれない。
それは本の中ではみつからなかったもの。
私を取り巻く環境
家族、友達、お坊さんたち、自然、さまざまな事件、事象
「法」が教えてくれている。
今日、
「あなたは難値難遇の勝縁ですね」
と言われた。
ことほどに、出家得度は難しいという実感と共に。
実は、堂頭老師にも先日
「あなたがその姿でいることを、とても不思議に思うのです。
あなたはごく普通の健全な女性で、
しかも環境を考えても、普通ではあまり考えられない。
とんとんと話が進んで、ここまで来ている。
ブラジルにまでいっている。
何か大きなものに押されているような感じですね。」
と言われたばかり。
そうなんだ、
私はもう手を上げている。
おまかせしている。
大きなものの存在(?)のことは
分かりません。
本当は、全部が全部、佛天のご加護の現成なんでしょう?
〜〜〜〜(´`)〜〜〜〜。
じゃ、これでいいです。
このままおまかせします。
さ、旅の準備を進めねば。
なるほど、相手にしているもののでかさがわかった。
いや、相当でかいってことがわかっただけだ。
理屈では対応できない。
教えてもらい、頭で納得したって得られない。
ビビビビとかすっても流れ星を見たようだ。
ならば、
実行していくしかない。
つまり、スタートしていたつもりが、
ストレッチしていたぐらいだったってことか。
(私の)修行の目的が明確になったのかもしれないし、
それがいいことなのか悪いことなのかすら、
その目的に執着しようとも思わないし、
目的地は距離や時間ではないのはなんとなくわかる。
とにかく、
途方もないなってことだ。
ううううう
去年、K老師の
「あなたは大変なことになりますよ。ああ、大変だ」
とおっしゃったのがなんか・・・。
それと、
話は飛びますが(私の中ではつながっているのですが)
ご供養を大事にしなければならないなと
やっと今頃
納得した。
私たちが私たちとして生きている
一生懸命生きている
人間に限らず、
懸命に存在し
例えば、自分なんて生きている価値ないや
とか苦しみながら、
それでもその心臓をたゆまず拍動させているいのち、
明日、抜き取られ、刻まれる大根も
みんなみんないのちを輝かせているわけであります。
そういういのちである私たちが
あまりにもけなげです。
悲しみは良い加減に克服されていくにこしたことはありませんが、
そういうけなげな存在を忘れ去ってしまっては
それは
あまりにもかわいそうです。
ご供養し、
その存在との私たちの関係性を思い
ありがとうと、
感謝申し上げる。
もう、霊魂があるかないかなんて科学的に証明することないんです。
私たちが感じてればいいんです。
私が亡くなったとき、
あまり悲しまれても申し訳ないなあと思いますが、
時々思い出しては、ありがとうっていってもらえたら
こんなに嬉しいことはないでしょう。
おそらく、私を思い、合掌する人たちは、
ありがとうといいながら、
過去の私から安心を得る。
おっと、そういう存在に今あらねばならぬわけですな。
あるいは、
私が大根だったら、
冷蔵庫の中でしなびて捨てられてしまうより
みずみずしいうちにあるいはいい加減につけてもらって
美味しい美味しいと食べていただけたらありがたいなあ。
それもご供養でしょう。
いただくとき、合掌したいものです。
これはもう宗教うんぬんを超えます。
そんなわけで、ご供養。
これから(も)、一生懸命やらせてもらおうと思います。
私は今日は、典座和尚の代理。
坐禅する皆様のお食事をつかさどります。
大役です。
接心の最終日、
皆様の坐禅の流れを止めないよう、
しっかりすっきりと
薬石準備したいと思います。
一息吐いて
文句ございません
一息吸って
文句ございません
あれのせいでこれのせいでと
点数つけず
いただいた自分の人生
そっくりそのまま
100点満点
そこから見える世界は
・・・・・
合掌
「早く行きなさい!」
母はよろけながら、叫んだ。
私の足からスッポリと脱げて飛んだ靴の片方を拾うため
池の中にズブズブ腰までつかって入っていったので、
身体はびしょ濡れ。
え、そんなの、木っ端でも探してきてひっかけてとりゃいいのに、
これが母親ってやつだよ。
「でも、びしょ濡れじゃない。何か着る物を・・・」
「いいから、早く! 早く行きなさい!」
「ええ、だって、風邪ひくよお」
「ここは私にまかせて、行きなさい」
父親が母を座らせながら言う。
ちとたよりないが、
ここはまかせて、私は任務をまっとうしたほうが良いようだ。
早く。
早く任務を終えて、母のところに戻らねばならぬ。
早く探して、その家を。
早く探して、でも、その家ってなんだっけ?
ない、ない、
その家はどこにもない!
「庵寿様!」
すっごく急いでいるのに、きれいな女性に声を掛けられる。
どうやら私を知っているらしい。
「母が亡くなったんです。その節はお世話になりまして。」
え、母が亡くなったって?そんな!
「母って、私の母ですか?」
「いえ、私の母です」
ホッとする。
しかし、目の前の女性は、自分の母親を亡くしたといっているのだ。
そして、私の言葉を待っている。
そうだ、
私は尼僧なんだった。
私が母のことをこんなに心配しているのと同じぐらい心配した母親を
亡くされたんだ。
私は尼僧なんだった。
と、ここで、目が覚めた。
うわぁ〜、夢でよかった。
でもふと考えた。
父親って、もう亡くなってるじゃ〜〜〜ん(><)
なんだよ、なんでよ〜。こんなとこで出てこないでよ〜。
思わず母に電話を掛けた・・・ところ・・・・
ガチャ
「はい」
「あ、おばあちゃん、おばあちゃん亡くなった夢見ちゃったよお〜。え〜ん。」
「・・・・・あのな。
まだ寝てるっての!!」
キャ。
すんません
起こしちゃって。
えへ。
ユングの本開かなくても、ま、分かりますわね。
この状況。
脚が痛い。
きしんできた。
上半身もガチガチ。
経行のとき
(坐禅と坐禅の間に半歩ずつ坐禅の呼吸でゆっくり歩く)
血流を戻そうとして、
みんなより単からおりるのが遅れる。
だいたい大栄寺の単は、他より高さがあると思う。
足を降ろすというより、ちょっと飛び降りる高さ。
だから怪我しないようそっとおりる・・・といえば聞こえがいいが、
その後ひざをゆっくりのばすのは、おばあさんのようだ。
いいんだよ、
若い人と違うんだから。
ひざを守るためには、プリエが大事なのさ。
痛い痛い痛い。
でもまあ出産と一緒。
永遠の痛みじゃない。
あともう一日もすりゃ、ケロっと体が目覚める。
でも、今は痛い。
確かに痛い。
今は痛みと一緒。
ツツツ〜と涙が流れて、
あれ、なんで涙が?
悲しくもないし、痛いのも別に当たり前だし、
この涙は何の涙だろうと
あえて理由をつけてみようと思った。
時間たっぷりあるんで・・・(え?)
こころの引き出しをあちこち開けてみるが、
いわゆる悩み事はここで別段リンクしては来ない。
ある引き出しで、あ、とこころが動いた。
それは・・・
斜め前の単の○○さんが、いびきをかいて寝ていること。
ああ、○○さん、疲れたげで、年寄りげになったなぁと思って。
(げっていうのは、○○風、○○ぎみという新潟弁)
ああ、堂長老師もみんなみんな、
知り合った頃より年をとっている。
そうやって、みんないなくなっていくんだ。
大好きな人たちも、自分も、いずれみんな死ぬ。
いずれいなくなり、忘れ去られる存在だなんて
なんて、存在とはちっぽけでけなげなんだろう。
ダ〜っと涙。
リンクしたよ!
かつてここで、志を持って、一生懸命坐った人たちの歴史も
時の流れに飲み込まれ・・・・。
ん?
あれ、違った。
道元禅師はそういうことはいっていない。
時間って、だらだら流れるものではないんだった。
ポチポチと現成するんじゃなかったっけ。
(添削よろしゅう)
今生きて、今死に、また今生きて今死ぬ。
過去にここで坐っていた人たちがいたからこそ
今私がここで坐っているのである。
私が坐っていることで、未来にここで坐る人たちが坐るのである。
ちっぽけでけなげな私たちは、
時の濁流などというものに飲み込まれるだけの存在ではない。
私たちは、インドラネットという、こりゃ網ね、網、
この網でつながった宝石のひとつぶなんであります。
宝石だから、光るんです。
それは、あなたと私、君と僕
だけじゃなくて、
私と地球、君と地球
この空間と時間とさえ(ほんと?)
もうこの世にいない人とさえ
あるいは未来にこの世にいない自分とさえ(ほんと?)
みんなつながっているんであります。
ああここまでにしとこ。
聖トマス大の高木慶子先生が、「神が介在したとしか思えません」
とおっしゃっていることについては、
また後で考えよう。
とにかく、肉体的には今日が一番辛い日。
いって来ます。
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