Yettahui

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聞きなれないも

「美以子は様子がおかしいんだ。放ってなんておけない。誰かが彼女を助けなきゃならないんだ」
強士が声を出すと佐和子はテーブルに腕をのせた。顎を突き出し、強士を射竦めるように見つめた。


「おかしいってどういうことよ」
「突然大声を出したりすることがある。自分でもよくわかってないみたいなんだ」
そう言いながら強士は弱々しく首を振った。自分の声は聞きなれないもののように響いた。
「昨日もそうなった。その後で倒れたんだ家庭理財。その前だって様子が変だった。周に嫌いだ、出て行けって叫んで――」
「なによ、それ。頭がおかしいってことでしょ?」
「やめてくれ、そういう言い方をするのは」



顔を佐和子に向けたまま強士は目をつむった。できることなら耳もふさぎたかった。そうしていると、なぜあのときのことを書けないのかわかった気になった。事実にきちんと向きあっていなかったからだ。ラブレター、弱く眩しい陽光、ピアノの音、ひんやりとした廊下。すべては明らかで、しかし、同時にぼんやりとしていた。ただ、強士はこうも思った。そんなことがわかったからといってなにになるっていうんだ?


「その女は頭がおかしいのよ。そんな女を助けたいっていうの?」
「やめてくれ」
強士は目をひらき、佐和子を見つめた。瞳に涙があらわれたのがわかった。それはまだ流れていなかった。しかし、じきに溢れ出るはずだった。
「もう言わないでくれ」

 

佐和子は首を激しく振った。両手を挙げ、テーブルに振り下ろした。
「これはあなたが言わせてることよ! その女は頭がおかしいの! イカレてるの! 人の男を獲るなんてはじめっからイカレてるんだわ!」
そう叫ぶと佐和子は声をあげて泣いた。強士は背もたれに力なく寄りかかり、弱く息を吐きつづけていた。佐和子の泣く声と、自分の吐息、あとは換気扇のまわる音だけがしていた。


「わからないの? 私はあなたのこと愛してるの。自分自身にたいしてより強くあなたのことを愛してるわ。もちろん、その女よりよ」
肘をテーブルにつき、頭を抱えるようにしながら佐和子は言った。
「あなたがしてるのはひどいことよ。私にとっても、あなたにとっても、それに、きっとあなたのお姫様にとってもね。ねえ、あなたになにができるっていうの? ずっとその頭のおかしい女と一緒にいてあげるつもり? その覚悟はあるの?」

 

強士は顎をかたくさせ、佐和子の声を聴いていた。そして、覚悟? と思った。テーブルにばら撒かれた紙片には美以子の書いた字がみえた。目を細め、強士はその一部分を見つめた。『強士くん』GossipHKと書いてあるところをだ。じっと見ていると急に怖れがたちあらわれてきた。子供の頃に感じたのと似た恐怖だった。なにかのきっかけで自らが著しく変化をし、果てには存在を消してしまうかもしれない。いや、――と強士は思った。ほんとうの恐怖は曖昧なままに存在しつづけることの方にある。真面目にならずに生きていくことこそが怖れを呼び起こすのだ。


あまりにも強士が黙っているので佐和子は顔をあげた。強士はテーブルを見つめているようだった。しかし、どこか遠くを見ているようにも思えた。なにを考えてるかわからなかった。理解したかったけれどできなかった。佐和子はしばらく強士の顔を見ていた。そして、寂しそうな顔――と思った。


周はあの日以降しばらくぼうっとしていた。なにを見てもなにかを思い出しそうになった。風の音は強士と一緒に美以子を探した日のものであり、人混みの喧噪はプールで聞いたのと変わらなく思えた。過去と現在が密接に絡みあい、激しく混乱させられた。周は立ちどまった。たくさんの人が歩き去っていった。彼はひとり取り残された。そのままで考えた――どうすればよかったんだ? どの時点で、どのように?


実穂は気づいていた。どんなことがあったのかはわからないものの、美以子が関係してることはわかった。あのときと同じ、と実穂は思った。美以子が突然大声を出したときだってなにも言わなかった。この人はまだあの子のことを忘れきっていない。あのお姫様のこととなると隠し事をする。もうすぐ父親になるっていうのに。



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